子どもが泣いたり怒ったりすると、なぜか自分まで一緒に焦ってしまう。
落ち着いて対応したいのに、気づくと「泣かせないように」「怒らせないように」と、先回りすることに必死になっている。
今日は、そんな感覚に心当たりがある人へ向けて書きました。
「泣かせない」「怒らせない」というプレッシャーは、どこから来ているのか

子どもが泣いたり怒ったりすると、なぜか自分のせいのように感じて、先回りして防ごうとしてしまう人がいます
この感覚がどこから来ているのか、育った環境まで振り返ってみると見えてくるものがあるんです。
感情を出すと怒られた経験がある場合
子どもの頃、泣いたり怒ったりすると、親から叱られたり無視されたりした経験がある人は、感情を出すこと自体を「危険な行為」として学習してしまうことがあります。
自分の感情を出すことを許してもらえなかった人が、子どもの感情を許せるわけがないんです。
許すという経験そのものを、自分がされたことがないからです。
感情を消化させてもらった経験がない場合も、実は同じ
子どもは、感情そのものを自分の力だけで整理できるようになるわけではありません。
誰かに感情の原因を探してもらい、その感情に名前をつけてもらう。
このやりとりを重ねる中で、少しずつ自分の感情を扱えるようになっていくんです。
だから、感情を出して怒られなかったというだけでは、この経験にはならないんですよね。
「泣かないで」と止められたり、「ほら、あれ見て」と別のことに気を逸らされたりするのも、実はこのプロセスを受け取れていない例のひとつです。
感情そのものと向き合わずに済ませる方法という点では、怒られることと同じ側にあるんです。
「なんで泣いてるのかな」と一緒に探してもらったり、「悲しかったんだね」と言葉にしてもらったり。
このプロセスそのものを受け取った経験がないと、寄り添われたことにはならないんです。
前者は感情を止めさせようとしてて、後者はちゃんと受け取ってくれてる。
「寄り添う」の見本がないまま親になる
怒られた経験も、消化させてもらった経験も、どちらのパターンでも共通しているのは、「感情の原因を一緒に探してもらう」「感情に名前をつけてもらう」という体験を持たないまま大人になっているということです。
見たことがないやり方は、当然実践できません。
だから知っているやり方、つまり感情が暴れる前に管理する、コントロールするという方法しか選べなくなってしまうんです。
この見本のなさは、実はもっと手前、自分自身の親との関係から始まっていることが多いです。
感情は管理できない。抑えていると、いつか限界が来る

感情を先回りして防ごうとする関わりは、頑張れば頑張るほどうまくいかなくなっていきます。
管理しようとしている「感情」という対象そのものが、そもそも管理できるものではないからです。
管理しようとするほど、コントロールできない感覚が強くなる
感情は、本人の内側から自然に湧いてくるものです。
外側から完全に防いだり止めたりすることは、そもそもできないことなんですよね。
いつか絶対、吹き出します。
しかも大体、一番やめてほしいタイミングで吹きます。
抑えるのではなく、感情そのものにどう向き合うかについては、こちらでも詳しく書いています。
管理に力を使うほど、「原因を探す」「名前をつける」余力がなくなる
感情を止めること、コントロールすることに力を使っている間は、本当に子どもに必要な「原因を探す」「名前をつける」という関わりに使う余力が残らなくなっていきます。
結果として、子どもは感情をひとまず止められただけで、原因を一緒に探してもらう経験も、名前をつけてもらう経験も持てないまま大きくなっていきます。
管理に力を使えば使うほど、この二つの経験を渡す余力がなくなっていくんです。
抑えようとした分だけ、しんどくなる
子どもの感情を止めようと、あの手この手を尽くしますよね。
落ち着かせようと声をかけたり、気をそらそうとしたり。
これ自体が母親にとっても、じっと結果を待つしかない、我慢の時間なんですよね。
それでも子どもの感情が収まらないと、その我慢は積み重なるだけで終わりません。
抑えようとしていた分だけ、うまくいかなかった時の反動も大きくなって、最後にまとめて出てしまうんです。
この「先回りの愛情が、本来育つはずのものを奪ってしまう」という構造は、自己肯定感の土台についても同じことが言えます。
まとめ

「泣かせない」「怒らせない」というプレッシャーは、感情を出すと危険だと学んできた経験や、原因を探してもらう・名前をつけてもらうという経験を持たなかったことから生まれています。
だからこそ、頑張るほど苦しくなるのは当然のことなんです。
感情は管理できるものではありません。
管理しようとする限り、力を使うだけ使って、子どもに本当に必要なものは身につかないままになってしまいます。
寄り添うことは、何もしていないように見えて、実は「原因を探す」「名前をつける」という、確かにできる二つの行動です。
管理しようとするのをやめて、この二つに絞るだけで、驚くほど楽になっていきます。


