人間関係の距離感と境界線

相談に乗ってあげたのに嫌がられるのはなぜ?親切が裏目に出る仕組み

友人の相談に乗ってあげたのに、なぜか嫌な顔をされてしまった。

自分なりに一生懸命考えて「こうしてみたら」と伝えただけなのに、と戸惑った経験はありませんか。

悪気はまったくなくて、むしろ力になりたかっただけなんですよね。

それなのに次から相談されなくなったり、なんとなく距離を置かれたりすると、何がいけなかったのか分からないまま傷ついてしまいます。

この記事では、求められていないアドバイスがなぜ嫌がられるのか、それでも言ってしまうのはなぜなのかを順番に見ていきます。

最後に、私自身がプライベートではアドバイスをしないと決めている理由もお話ししますね。

よかれと思って言ったアドバイスが嫌がられる理由

よかれと思って言ったアドバイスが嫌がられる理由

アドバイスが嫌がられるとき、内容が間違っているとは限りません。

当たっていても外れていても、受け取る側にはそれぞれ別のしんどさが生まれているんです。

相手はただ聞いてほしいだけ

いちばん多いのがこのパターンです。

悩みを話す人の多くは、解決策を探しているのではなく、気持ちを誰かに受け取ってほしくて話しています。

話しているうちに頭の中が整理されて、自分で答えにたどり着く人も少なくないんですよね。

ところが途中で「それならこうすれば」と返されると、話はそこで打ち切られてしまいます。

まだ気持ちを出し切っていないのに解決の話へ進まれるので、「聞いてもらえなかった」という感覚だけが残るんです。

Kumi
Kumi
「どうしたらいいと思う?」って聞かれてないなら、だいたい聞いてほしいだけ。

ほんとに、圧倒的にこれが多いと思います。

正しいアドバイスは、正しいけれど厳しい

アドバイスが的を射ている場合は、別の苦しさがあります。

正しいことは、正しいぶんだけ強くてキツいんです。

「早く寝たほうがいい」とか「嫌ならやめたらいい」といった言葉は、どれも間違っていません。

けれど本人もそれは分かっていて、分かっているのにできないから悩んでいるんですよね。

正論は、解決策にならないことが多いんです。

どうなればいいかは教えてくれても、なぜそこへ行けないのかには触れていないから。

反論のしようがないので逃げ場がなくなり、できていない自分だけを突きつけられます。

結局、相手を追い詰めて、言った側がすっきりするだけで終わってしまうんです。

Kumi
Kumi
正論って、言う側は気持ちいいんですよね。

言われた側は何も解決してないんですけど。

正しい知識で相手を変えようとしてしまう人は、こちらの記事も読んでみてください。

外れたアドバイスは「それじゃない」とイラッとする

反対に、的を外したアドバイスもあります。

相手の事情をすべて知っているわけではないので、自分の経験や常識をもとに答えると、どうしてもズレが出るんです。

「実家に頼ればいいのに」と言われても、頼れない事情があるから困っているのかもしれません。

悩んでいるのはそこではないのに、別の場所を一生懸命に直そうとされることもあります。

受け取る側は「それじゃないんだけどな」と思いながら、善意だと分かっているので言い返せず、イラッとした気持ちを飲み込むことになるんですよね。

当たっていれば厳しく刺さり、外れていればズレてしまうので、求められていないアドバイスはどちらに転んでも相手は楽にならないんです。

Kumi
Kumi
欲しいのと違うアドバイスが来たときの、あのイラッと感!

ありがたいんだけど、ありがたくないんですよね…。

それでもアドバイスしてしまう3つの理由

それでもアドバイスしてしまう3つの理由

嫌がられると分かっていても、アドバイスが口をついて出てしまう人は多いです。

意志が弱いからではなく、アドバイスをすることで自分の中の何かが満たされているからなんです。

気づきやすいものから順に、少しずつ深いところへ進んでいきますね。

①役に立つことが自分の居場所になっている

誰かの役に立てたとき、自分はここにいていいと感じられる人がいます。

子どもの頃から「しっかり者」や「相談役」を引き受けてきた人に多い傾向です。

このタイプの人にとって、ただ話を聞いているだけの時間は落ち着きません。

何も差し出していない自分には価値がないように感じてしまうからです。

それで、相手が求めているかどうかを確かめる前に、役に立ちそうなことを探して口にしてしまうんですよね。

Kumi
Kumi
「聞くだけ」って、何もしてないようで実はいちばん難しいんですよ。

②黙って見ているのは見捨てることだと思っている

困っている人を前にして何も言わないのは冷たい、という思い込みもよくあります。

知っているのに教えないのは不親切だし、遠回りしそうなら止めてあげるのが優しさだ、という感覚です。

この感覚を持っている人は、言わないという選択肢そのものに罪悪感を覚えます。

黙っていることが「放っておく」ことと同じに見えているんです。

けれど、口を出さずにそばにいることと、関心を持たずに離れることは別のものだったりします。

Kumi
Kumi
言わないのも、けっこう体力いるんですよ。

見守るって、放置とは全然ちがうので。

距離を取ることが冷たさではない理由は、こちらの記事で書いています。

③相手の不安ではなく、自分の不安を消している

いちばん向き合いにくいのがここです。

誰かが悩んでいたり、危なっかしい選択をしようとしていたりすると、見ている側の心もざわつきます。

そのざわつきを抱えたままでいるのは、思っている以上にしんどいんです。

解決策を渡せば相手の問題は片づいたことになり、自分の落ち着かなさもおさまります。

相手のためと言いながら、自分が楽になるために言っている部分があるんですよね。

認めるのは気持ちのいいことではありません。

それでもここに気づけると、言いたくなった瞬間に「いま落ち着かないのは私のほうだな」と立ち止まれるようになります。

Kumi
Kumi
ここがいちばん認めたくないところですよね。

だから最後に持ってきました。

アドバイスは相手の学ぶ機会を奪ってしまう

アドバイスは相手の学ぶ機会を奪ってしまう

ここからは私自身の話をします。

私はプライベートでは、聞かれていないアドバイスをしません。

これは性格というより信念で、相手が自分で学ぶ機会を奪いたくないからなんです。

自分で気づいたことしか身につかない

人から教えられた答えと、自分で迷ってたどり着いた答えは、同じ内容でも重みがまるで違います。

遠回りしたり失敗したりする中で「ああ、そういうことか」と腑に落ちたものだけが、その人のものになるんです。

先回りして答えを渡すと、その過程がまるごと省かれてしまいます。

本人はその場では楽になるかもしれませんが、次に似たことが起きたとき、また誰かの答えを待つことになりかねません。

失敗も含めて、その人の経験はその人のものだと私は考えています。

Kumi
Kumi
転びそうなのを見てるのは、正直ハラハラしますけどね。

でも、それはその人の大事な経験なので。

肯定も否定もしない

聞かれていないとき、私は相手の選択の中身について、良いとも悪いとも言いません。

「それでいいと思うよ」と言うのは優しく見えますが、これも相手の選択に点数をつけていることに変わりはないんです。

代わりに私がよく言うのは、「あなたがそう思うなら、それが正解だよ」です。

賛成しているわけではなくて、答えを決めるのはあなただよ、と相手に返しているんですよね。

自分で選んだ結果を自分で確かめるところまでが学びなので、そこに私の評価を混ぜたくないんです。

正直に言うと、心の中では全然ちがうことを思っている場面もたくさんあります。

意見がないから黙っているのではなく、あるけれど言わないと決めているんです。

Kumi
Kumi
口では「それが正解だよ」って言いながら、心の中では「ちげぇ!そこじゃねぇ!!」って叫んでること、めっちゃあります(笑)

言わないことと無関心は違う

何も言わないと聞くと、冷たい人のように思われるかもしれません。

けれど、評価をしないことと、関心を持たないことは別です。

話はちゃんと聞いていますし、相手がどうなっていくのかも気にかけています。

そのうえで、答えを出すのはこの人自身だと信じて、口を出さずにいるんです。

アドバイスをしないのは、相手を放っておくことではありません。

この人は自分で気づける人だと信頼している、ということなんですよね。

Kumi
Kumi
信じて待つ、って言うとかっこいいですけど、実際は黙って聞いてるだけです(笑)

安心して話せる場所があることの力については、こちらの記事で書いています。

言うとき、言わないときの線引き

言うとき、言わないときの線引き

まったく何も言わないわけではありません。

私の中には、言う場面と言わない場面のはっきりした基準があります。

聞かれたら全力で答える

「どう思う?」と聞かれたら、持っているものを全部出して答えます。

聞かれたということは、相手が自分の意思で「意見がほしい」と決めたということだからです。

同じ内容でも、求められてから渡すのと、求められる前に渡すのとでは、受け取られ方がまったく違います。

相手が自分で取りに来たものは、押しつけにならないんです。

Kumi
Kumi
聞かれたら、待ってましたとばかりに喋ります。

出し惜しみはしません!

命や心に危険があるときは言う

例外がひとつあります。

相手や、相手のお子さんに、よほどの危険が迫っているときです。

命に関わることや、心が壊れてしまいそうな状況であれば、聞かれていなくても伝えます。

学ぶ機会を守りたいのは、失敗してもやり直せるからです。

取り返しがつかないことについては、見守るよりも止めるほうを選びます。

Kumi
Kumi
ここは迷いません。

言います。

カウンセラーとして言うのは別の話

以前カウンセラーの仕事をしていた頃は、聞かれていなくてもアドバイスをしていました。

矛盾しているように見えるかもしれませんが、相談に来てくださった時点で「専門家の意見がほしい」という依頼を受けているので、役割として伝えていたんです。

プライベートの関係には、その依頼がありません。

友人や家族は、ただ隣にいる人として私に話してくれています。

だから、仕事の顔は持ち込まないようにしているんですよね。

Kumi
Kumi
ここはきっちり分けてます。

友達にカウンセラー顔されたらイヤじゃないですか(笑)

まとめ

相談に乗ってあげたのに嫌がられたとき、あなたの親切が間違っていたわけではありません。

力になりたいという気持ちは本物で、ただ、その渡し方が相手の欲しいものと合っていなかったんです。

私は、人は自分で気づいたことからしか学べないと思っています。

だからプライベートでは、聞かれるまで言わないと決めています。

心の中で「そこじゃない」と思っていても、答えを出すのはその人だからです。

黙って聞くのは、何もしていないように見えて、相手を信頼していないとできないことなんですよね。

次に誰かが悩みを話してくれたら、答えを探す前に、最後まで聞いてみてください。

聞かれたら、そのとき全力で答えればいいんです。

  • この記事を書いた人

Kumi(板山 久美子)

恋愛・心理コミュニケーションライター/元カウンセラー パートナーシップや人間関係をテーマにしたメディアを複数運営。 カウンセラーとしての実務経験をもとに、心理学・自己理解・対人関係に関する記事を多数執筆。 アメブロでのカウンセラー活動時にはフォロワー1,500名・公式LINE60名の実績あり。

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