人間関係の距離感と境界線

いつも聞き役で疲れるのはなぜ?承認が依存を生む仕組み

友人の愚痴を聞いて相づちを打ち、「大変だったね」と励ます。

話を聞くのは嫌いではないのに、帰り道にはどっと疲れている。

そんなことはありませんか。

優しく聞いてあげているだけなのに、相手からの連絡は増えていって、話の中身は毎回同じだったりします。

私も以前は聞き役になることが多くて、何度も消耗しました。

この記事では、聞いてあげるほど疲れていく理由と、承認が依存を生む仕組みを解説します。

後半では、私がやっている「承認はしないけれど、冷たくもしない」接し方をお話しします。

聞いてあげているのに、なぜこんなに疲れるのか

聞いてあげているのに、なぜこんなに疲れるのか

話を聞くこと自体は、本来そこまで人を疲れさせません。

消耗するのは、聞いても聞いても何も変わらず、こちらだけが差し出し続けているときなんです。

消耗しやすい場面を3つ見ていきましょう。

動く気のない愚痴が何度も戻ってくる

聞き役を続けていて特に疲れるのが、毎回同じ愚痴を聞かされることです。

内容は前回とほとんど変わらず、話している本人に状況を変えるつもりはありません。

最初のうちは「つらいんだな」と思って聞けるんですよね。

けれど回数を重ねると、聞いている側の時間と気力だけが減っていきます。

解決に向かう話なら付き合えても、どこにも向かわない話に付き合い続けるのは、思っている以上に体力を使うんです。

Kumi
Kumi
動く気ないなら、せめて愚痴も省エネにしてほしいんですけどね…。

乗ってあげた自慢がエスカレートする

自慢話やマウントに、つい乗ってあげる人は多いです。

「へえ、すごいね」と返せば相手は嬉しそうですし、その場の空気もよくなります。

ところが、乗っているとどんどんエスカレートしていくんですよね。

話は長くなり、回数も増えていきます。

気持ちよく聞いてあげたつもりが、いつの間にか「褒める係」として固定されてしまうんです。

Kumi
Kumi
私、わりと乗ってあげるほうなんですよ。

で、乗ったら最後。

降ろしてもらえなくなりました。

脈絡なく話をすり替えられる

話の流れと関係なく、急に相手の自慢話にすり替えられることもあります。

前後のつながりは何もなくて、気づいたら相手の話になっているんです。

この瞬間に分かるのは、会話が一方通行だったということです。

相手は会話をしていたのではなく、自分が認めてもらえる話題に戻る機会を待っていただけなんですよね。

聞く側と話す側が固定された関係は、どれだけ優しくしても、こちらが受け取るものがありません。

Kumi
Kumi
「え、今その話だった?」ってなります。

これ、ほんとに消耗しました。

会うたびに疲れてしまう相手については、こちらの記事でも書いています。

承認が依存を生む仕組み

承認が依存を生む仕組み

愚痴も自慢も、相手が求めているものは同じです。

「あなたは悪くない」「あなたはすごい」と誰かに認めてもらうこと、つまり承認なんです。

優しい人ほどそれを惜しまず渡すので、相手は何度でも戻ってきます。

承認は相手にとって「ごほうび」になる

愚痴を聞いて「それは大変だったね、あなたは悪くないよ」と返すと、相手はすっきりします。

すっきりすると、状況を変える必要がなくなるんですよ。

でも不満の原因はそのまま残っているので、数日たてばまた同じ気持ちがたまります。

そして、前回すっきりさせてくれた人のところへ戻ってくるんですよね。

こちらは助けているつもりでも、実際には相手が動かずに済む状態を支えてしまっています。

前の記事で、アドバイスは相手の学ぶ機会を奪うと書きました。

承認し続けることも、相手が自分で動く機会を奪っているんです。

Kumi
Kumi
よかれと思って聞いてたのに、現状維持のお手伝いになってたっていう…。

アドバイスが相手の学ぶ機会を奪う仕組みは、こちらの記事で詳しく書いています。

同じ量では足りなくなっていく

承認には慣れがあります。

最初は「すごいね」の一言で満足していた人も、繰り返すうちにそれが当たり前になって、もっと大きな反応を求めるようになるんです。

自慢がエスカレートするのはこのためです。

話を大きくしたり、回数を増やしたり、こちらの話を遮ってでも自分の話をしたりするようになります。

足りない感覚を埋めようとして、求める量が増えていくんですよね。

渡す側は同じように優しくしているだけなのに、要求だけが大きくなっていきます。

Kumi
Kumi
こっちの「すごいね」にも在庫があるんですよ。

無限じゃないんです。

否定しないだけで、承認として受け取る人もいる

何も承認していないのに、依存されることもあります。

私は肯定も否定もしないようにしていますが、その「否定されない」こと自体を、認められた証拠として受け取る人がいたんです。

否定されることが当たり前だった人にとっては、否定してこない相手というだけで貴重なんですよね。

こちらは何も渡していないつもりでも、相手はしっかり受け取っていて、そこから距離が一気に縮まります。

相手がどう受け取るかは、こちらでは決められません。

だから言葉を変えるだけでは足りなくて、距離そのものを自分で決める必要があるんです。

Kumi
Kumi
何もしてないのに寄りかかられる、っていうのが一番びっくりしました。

承認せず、でもドライにならない接し方

承認せず、でもドライにならない接し方

正直に言うと、私は消耗しきった相手とは縁を切りました。

当時は距離の取り方がうまくなくて、限界まで付き合ってから切るしかなかったんです。

今はそこまでいく前に、渡す言葉を選んでいます。

態度は温かいまま、承認だけを渡さないという接し方です。

「あなたがすごい」ではなく「あなたはそう感じたんだね」と返す

自慢や報告に対して、私は「すごいね」と「頑張ったね」を封印しています。

どちらも、こちらが相手に点数をつける言葉だからです。

点数をもらった人は、次の点数も欲しくなります。

代わりに用意しているのが、「よかったじゃーん」や「嬉しいね〜」です。

相手の感じたことをそのまま返しているだけで、こちらは何も評価していません。

「あなたがすごい」ではなく、「あなたはそれがよかったんだね」というスタンスなんです。

一緒に喜んではいるので冷たくはならず、それでいて相手は私から評価を受け取れません。

前の記事で書いた「あなたがそう思うなら、それが正解だよ」と同じやり方ですね。

Kumi
Kumi
ここ、毎回めっちゃ考えてます。

承認はしない、でもドライにもならない、のちょうどいいところを。

相手との間に線を引くことが冷たさではない理由は、こちらの記事で書いています。

愚痴には「あなただけじゃないよ」で返す

動く気のない愚痴には、また別の返し方をしています。

「大変だね〜」「忙しい時期だよね〜」と、相手ひとりの話にしないんです。

月曜日なら「月曜日だもんね、疲れるよね〜」、水曜日なら「まだ水曜日だもんね〜」、年末なら「年末だしね〜」と返します。

言っているのは、みんな疲れているよね、ということだけです。

突き放してはいませんが、「あなたは特別に大変だね」という承認は渡していません。

味方にもならず、原因探しにも付き合わないので、話はそこで感じよく終わります。

Kumi
Kumi
「木曜日が一番しんどいよね〜」「金曜日って地獄だよね〜」まで完備してます。

全曜日、365日いけます(笑)

寄り添う相手は選んでいい

誰に対してもこうしているわけではありません。

仲のいい人の話には、しっかり寄り添います。

私は、依存してきそうな人がもう本能的に分かるようになりました。

承認を控えているのは、そういう人に対してだけ。

全員に、同じ量の優しさを配る必要はない。

優しさを渡す相手を選ぶのは、自分の気力を守るための判断です。

今、私が仲良くしているのは、依存してこない人ばかりです。

まとめ

聞き役で消耗しているとき、足りないのは優しさではありません。

優しさを渡しすぎて、相手が自分で立つ分まで引き受けてしまっているんです。

私は、人の気持ちはその人のものだと思っています。

嬉しいのもつらいのも持ち主は本人で、誰かが点数をつけたり、代わりに抱えたりするものではないんですよね。

だから評価は渡さず、「そう感じたんだね」と返すようにしています。

それでも寄りかかってくる人からは、離れてかまいません。

私自身、うまくできなくて縁を切った経験があります。

そうなる前に、まずは「すごいね」をひとつ「よかったね」に替えてみてください。

距離は、自分で決めていいんです。

  • この記事を書いた人

Kumi(板山 久美子)

恋愛・心理コミュニケーションライター/元カウンセラー パートナーシップや人間関係をテーマにしたメディアを複数運営。 カウンセラーとしての実務経験をもとに、心理学・自己理解・対人関係に関する記事を多数執筆。 アメブロでのカウンセラー活動時にはフォロワー1,500名・公式LINE60名の実績あり。

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