自己理解のヒント

嫌な出来事は、自分の価値観を見つけるチャンス。「あの人のせい」で終わらせない、「なんで?」の重ね方

理不尽なことを言われたり、約束を軽く扱われたりしたとき、「今日はついてなかった」「運が悪かった」で片づけていませんか。

ぐっと飲み込んで我慢するか、相手に腹を立てて愚痴を言うか、たいていはそのどちらかで終わってしまうんです。

でも嫌な出来事には、自分が本当に大事にしている価値観や信念が潜んでいたりします。

向き合い方を少し変えるだけで、嫌な出来事は自分の軸を見つけるチャンスになるんです。

この記事では、嫌な出来事から価値観を掘り当てるまでの流れを、順を追ってお話しします。

悪い出来事を「運が悪い」で終わらせると、何も残らない

悪い出来事を「運が悪い」で終わらせると、何も残らない

嫌な出来事が起きたとき、人がとる反応はだいたい決まっています。

黙って我慢するか、相手に怒りを向けるかのどちらかです。

どちらも自然な反応なのですが、そこで終わらせてしまうと、出来事はただの嫌な思い出として残るだけなんです。

我慢してやり過ごすと、出来事は何も教えてくれない

「大人なんだから」「波風を立てたくないから」と、嫌なことを飲み込んでやり過ごす人は多いと思います。

真面目な人ほど、自分さえ我慢すれば丸く収まると考えてしまうでしょう。

ただ我慢は、出来事にふたをすることでもあります。

ふたをしたものは見えなくなるので、なぜそれが嫌だったのかを考える機会ごと閉じてしまう。

そして似たような出来事が起きるたびに、また同じように飲み込むことになります。

Kumi
Kumi
我慢が得意な人ほど、「気にしてないよ」が口ぐせになってたりするんですよね。

気にしてないんじゃなくて、気にしないことにしてるだけだったりして。

似たような嫌な出来事がなぜか繰り返されるのには、意識より構造の問題が関わっていたりします。

怒り続けると、出来事が相手の話のまま終わる

反対に、「あの人はおかしい」「ありえない」と相手に怒り続けるパターンもあります。

怒ること自体は悪くないのですが、矛先が相手だけに向いていると、出来事はいつまでも相手の問題のままなんです。

相手を変えることはできないので、怒りは行き場をなくして、同じ場面を何度も思い出しては腹を立てることになります。

出来事が自分に何を見せているのかには、なかなか目が向かないんです。

Kumi
Kumi

怒るのが悪いわけじゃないんです。

ただ、相手の話で止まっちゃうと、ずーっとその人に振り回されることになるんですよね。

出来事が「悪い」のは、自分の価値観とぶつかったから

ここで少し視点を変えてみましょう。

同じ出来事が起きても、ひどく傷つく人もいれば、まったく気にしない人もいますよね。

待ち合わせに30分遅れてこられても平気な人がいる一方で、5分の遅刻で一日中モヤモヤする人もいるんです。

つまり出来事そのものに「悪い」が決まっているわけではありません。

その出来事が自分の大事にしているものとぶつかったから、悪い出来事になっているんです。

だとすれば、悪い出来事の中には、自分の価値観がそのまま映っていることになります。

Kumi
Kumi
嫌な出来事って、自分専用のリトマス試験紙みたいだなと思ってます。

何に反応したかで、自分の中身がわかるんですよね。

まずは相手のせいにし尽くしていい

まずは相手のせいにし尽くしていい

価値観が映っていると言われても、嫌な出来事の直後に「自分は何を大事にしているんだろう」と冷静に考えられる人はほとんどいません。

それで大丈夫なんです。

最初にやっておきたいのは、自分を見つめることではなく、相手のせいにすることだったりします。

途中で止めると、ただの我慢や抑圧になる

「人のせいにするのはよくない」と教わってきた人は多いと思います。

だから相手に腹が立っても、「いや、私にも悪いところがあったかも」と途中で気持ちを引っ込めてしまうんです。

でも途中で止めた気持ちは、消えずに残ります。

言い分を出し切らないまま自分を反省させても、それは振り返りではなく、ただの我慢や抑圧になってしまうんです。

納得していない気持ちの上に反省を重ねても、何も見えてきません。

Kumi
Kumi
私、だいたい最初は相手のせいにします。

粗もめっちゃ探します。

でもこれ、途中でやめないのが大事なんですよ。

「感じちゃいけない」と押し込めた気持ちがそのあとどうなるのかは、こちらの記事でお話ししています。

心の中やノートの上なら、いくら粗探ししてもいい

相手のせいにするといっても、本人に直接ぶつける必要はありません。

心の中で、ノートの上で、あるいは信頼できる人への愚痴として、「ここがおかしい」「あれもひどかった」と思う存分言っていいんです。

相手にぶつけることと、自分の中で相手のせいにすることは別のものです。

誰も傷つけない場所でなら、どれだけ粗を探しても問題はありません。

遠慮なく出し切ることで、気持ちはようやく次の段階に進めるんです。

Kumi
Kumi
書き出すときはお行儀よくしなくていいんですよ。

どうせ誰にも見せないので。

出し切ったら、「なんで私、こんなに嫌なんだろう」と自分に聞いてみる

相手への言い分を出し切ると、気持ちに少し余白が生まれます。

ただ多くの人は、怒りが落ち着いた時点で「もういいや」と流してしまうでしょう。

落ち着いてきたら、「なんで私、こんなに嫌だったんだろう」と自分に聞いてみてください。

出し切ったあとなら、この問いは自分を責める言葉ではなく、純粋な疑問として届きます。

Kumi
Kumi
私は相手のせいにし尽くすと、ふと「で、なんで私、こんなに嫌なんだろう?」って思うんです。

思わない人は、自分から聞いちゃっていいと思います。

「なんで?」を重ねて、価値観を掘り当てる

「なんで?」を重ねて、価値観を掘り当てる

「なんで私、こんなに嫌なんだろう」と問いかけられたら、あとはその問いを掘り下げていきます。

とはいえ、一回問いかけただけで答えが出ることはまずありません。

「なんで?」を何度も重ねながら、少しずつ奥へ進んでいくんです。

自分だけで考えると、顕在意識の限界にぶつかる

自分の内面を知る方法として、ノートに書き出すことはよくすすめられます。

たしかに書くことで頭は整理されますが、ひとりで考えているだけだと、どこかで行き詰まることが多いんです。

理由は、自分の頭の中にある言葉や考え方しか使えないからです。

意識に上っているものはいくらでも書き出せても、まだ言葉になっていない価値観は、手持ちの言葉では表しきれません。

同じところをぐるぐる回ってしまうのは、考えが足りないからではなく、材料が足りないからなんです。

Kumi
Kumi
私も昔はノートでやってたんですけど、どうしても自分の頭の中の範囲で止まっちゃうんですよね。

外の言葉を借りて、しっくり来るものを選ぶ

手持ちの言葉で足りないなら、外から借りてくればいいんです。

似た悩みを検索して誰かの言葉を読んだり、信頼できる人に話して質問してもらったり、AIに「なんでだろう」と投げかけて候補を出してもらったりする方法があります。

大事なのは、出てきた答えをそのまま採用しないこと。

いくつかの候補の中から「これはしっくり来る」「これは違う」と選んでいくと、違うものを外すたびに自分の答えが少しずつ絞られていくんです。

しっくり来たものには、さらに「それはなんで?」と問いを重ねていくんです。

Kumi
Kumi
私は今は、AIと自己対話することが多いです。

なんでだろう?ってたくさん聞いて、出てきた中からしっくり来るのを選んだり、もっと深掘りする質問を作ってもらったり。

昔はノートとGoogle検索でした。

パズルがハマる感覚が、たどり着いたサイン

問いを重ねていくと、あるとき「あ、これだ」と思える答えに出会います。

頭で理解したというより、パズルのピースがぴたりとハマったような、体ごと納得する感覚なんです。

人によっては、そこで涙が出ることもあります。

ずっとわかってもらえなかった気持ちを、自分でやっとわかってあげられた安心感から出てくる涙なんです。

逆に、どこか言い訳がましかったり、きれいすぎて自分の言葉に聞こえなかったりする答えは、まだ答えを出している途中だと考えていいと思います。

しっくり来るまで、問いを重ねて大丈夫です。

価値観に気づくと、出来事の意味が変わる

価値観に気づくと、出来事の意味が変わる

自分の価値観にたどり着くと、あれほど嫌だった出来事の見え方ががらりと変わります。

出来事そのものは何も変わっていないのに、受け取り方が変わるんです。

ここでは、価値観に気づいたあとに起きる変化をお話しします。

あんなに嫌だった相手が、どうでもよくなる

価値観がわかると、相手へのこだわりがすっと消えることがあります。

許そうと頑張ったわけでも、相手が謝ってくれたわけでもないのに、なぜかどうでもよくなっているんです。

それは、嫌だった理由が「相手がひどいから」ではなく「自分の大事なものとぶつかったから」だとわかったからです。

問題の中心が相手から自分の価値観に移ると、相手はただ価値観が違う人になります。

違う人をいつまでも責め続ける理由は、もうなくなるんです。

Kumi
Kumi
気づいたあとって、すごくスッキリするんですよ。

あれだけ粗を探してた相手のことが、急にどうでもよくなっちゃう。

「自分はこれでいい」と自信を取り戻せる

嫌な出来事が起きると、人は「自分が悪かったのかな」「心が狭いのかな」と、どこかで自分を疑い始めます。

相手を責める気持ちの裏側で、自分への自信も少しずつ削られていくんです。

自分の価値観に気づくと、その揺らぎが落ち着きます。

嫌だったのは心が狭いからではなく、大事にしているものがあったからだとわかれば、「自分はこれでいいんだ」と思えるようになるんです。

自分の価値観に一つずつ気づいていくことは、そのまま自分軸を育てることにもつながっているんです。

人間関係も仕事も子育ても、選ぶときの軸になる

一度言葉になった価値観は、その出来事だけで終わりません。

誰と付き合うか、どんな仕事を引き受けるか、子どもにどう関わるかなど、あらゆる選択の場面で迷ったときに戻ってこられる軸になるんです。

嫌な出来事を経るたびに価値観が一つずつ言葉になっていけば、選ぶときの迷いも減っていきます。

嫌な出来事そのものは避けられなくても、その一つひとつが自分の軸を太くしてくれるんです。

Kumi
Kumi
私の場合だと、誠実であること、自分を蔑ろにする人からは離れること、求められていないアドバイスはしないこと、失敗してもいいから自分の意思で決めること、とかですね。

人間関係も仕事も子育ても、結局ぜんぶここで選んでる気がします。

まとめ

まとめ

ここまで読んで、「相手のせいにし尽くすなんて、やっぱり気が引ける」と感じた人もいるかもしれません。

真面目に生きてきた人ほど、そう思うのは自然なことなんです。

でも、あなたが嫌だと感じたのには、ちゃんと理由があります。

その理由を知らないまま我慢を続けるより、一度だけ自分の味方になって、言いたいことを出し切ってみてもいいんです。

答えはすぐに出なくてかまいません。

次に嫌なことがあったとき、「なんで私、こんなに嫌なんだろう」と自分に聞いてみてください。

それだけで、嫌な出来事はただの嫌な出来事では終わらなくなります。

その奥には、あなたがずっと大事にしてきたものがちゃんとあるはずです。

  • この記事を書いた人

Kumi(板山 久美子)

恋愛・心理コミュニケーションライター/元カウンセラー パートナーシップや人間関係をテーマにしたメディアを複数運営。 カウンセラーとしての実務経験をもとに、心理学・自己理解・対人関係に関する記事を多数執筆。 アメブロでのカウンセラー活動時にはフォロワー1,500名・公式LINE60名の実績あり。

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