発達特性のある子どもを育てていると、毎日がしんどい。
「なんでこんなに大変なんだろう」と思いながら、それでも必死に関わっている親御さんを、私はたくさん見てきました。
この記事では、発達凸凹の子どもの「自己肯定感の土台」がどう作られるか、そして療育が果たす役割について書いていきます。
早めに動くことで、子どもの未来の選択肢が広がります。
発達特性に気づいた親御さんに、ぜひ読んでほしい内容です。
同じ発達障害でも、穏やかな人と攻撃的な人がいる

発達特性のある人を見ていると、同じASDやADHDでも、人によってずいぶん違うと感じます。
穏やかで、話していても否定してこない人。
一方で、些細なことで攻撃的になったり、モラハラ的な言動が目立つ人。
特性の重さの違いもあります。
でも、それだけじゃないと思っています。
その差の一つに、子ども時代に「どんな関わりをしてもらったか」があると、私は考えています。
「なんでできないの」が、自己否定を積み重ねる

発達特性のある子どもは、定型発達の子どもと同じようにはできないことが多いです。
忘れ物が多い。
切り替えが苦手。
場の空気が読めない。
じっとしていられない。
そのたびに「なんでできないの」「また忘れたの」「どうしてわからないの」と言われ続けると、何が起きるでしょうか。
「自分はダメだ」という感覚が、少しずつ積み重なっていきます。
自己否定が積み重なると、人は自分を守ろうとします。
攻撃性は、その防衛反応の一つです。
傷つく前に傷つける。
否定される前に否定する。
そうやって自分を守る術を、子どもなりに身につけていきます。
穏やかな発達特性の人は、おそらく「なんでできないの」をあまり言われずに育ってきた。
そう推測しています。
そう思うと、責める気になれない。
療育は「治す」場所じゃない

「療育」と聞いて、どんなイメージを持ちますか。
「障害を治す場所」「できないことを訓練する場所」、そう思っている人も多いかもしれません。
でも、療育の本質はそこじゃないと思っています。
療育でできることの一つは、受容的な大人と関わる経験を積むことです。
特性を「直そう」とするのではなく、その子のペースや特性を認めながら関わってくれる大人がいる。
「できないこと」より「できること」に目を向けてくれる環境がある。
その経験が、自己肯定感の土台になります。
SST(ソーシャルスキルトレーニング)も、実は、この土台があってこそ身につきます。
自己否定と防衛反応が固まった状態では、どんなスキルも入りにくいんです。
療育は、スキルを教える場所である前に、安心できる場所です。
「安心できる場所」が人にとってどれほど大切か、こちらの記事も合わせて読んでみてください。
特性っ子の育てにくさは本物だから。
だからこそ、外に安心できる場所を作ることが大事だと思います。
早く気づくほど、選択肢が増える

発達特性に気づく時期は、特性の種類によって違います。
ADHDは、3〜4歳頃に「育てにくさ」として気づくケースが多いです。
ASDは、集団生活が始まる小学校入学前後に浮き彫りになることが多い印象です。
早く気づけばよかった、と後悔する親御さんをよく見てきました。
自己否定と防衛反応は、積み重なるほど固まっていきます。
独自のパターンとして定着してしまうと、後からほぐすのに時間がかかります。
思春期に出てくること
思春期になると、親への反発が激しくなったり、家庭内での衝突が増えたりします。
思春期の荒れは「反抗期だから」で片付けられがちですが、その裏に積み重なった自己否定があることも少なくありません。
大人になってから出てくること
大人になってからは、パートナーとの関係に出てきます。
- 話し合いにならない
- 感情的になりすぎる
- 関係が壊れやすい
本人も苦しんでいることが多いけれど、回路がそうなっているから、意志でやめることが難しいんです。
早めに動くことは、家族全員のため
攻撃性を身につけてしまったら、本人も苦しいし、周りも大変です。
早めに動くことは、子どものためだけじゃなく、家族全員のためでもあります。
気づいた時点で動く。
それだけで、子どもの選択肢が変わります。
「うちの子、もしかして?」と思ったら、まず相談してみることをおすすめします。
診断がつかなくても、相談できる場所はあります。
迷ったら動く、でいいと思う。
「障害を認めたくない」気持ちの裏にあるもの

子どもの発達特性を受け入れられない親御さんは、少なくありません。
その裏には、いくつかの理由があると思っています。
一つは、「発達障害=人間として劣っている」という思い込みです。
でも、発達障害はただの「違い」です。
処理の仕方、得意なこと、苦手なことのパターンが、定型発達とは違う。
それだけのことです。
劣っているわけでも、おかしいわけでもない。
もう一つは、親御さん自身がACである場合です。
「できないこと」を認めることが、自分自身の否定につながってしまう感覚がある。
自分も「なんでできないの」と言われて育ってきた親が、子どもの「できない」を受け入れることは、想像以上に難しいことです。
受け入れられない気持ちは、責められるものではありません。
ただ、その思い込みが、子どもの療育を遠ざけてしまうとしたら、もったいないと思います。
でもその気持ちと、子どものために動くことは、両立できると思う。
まとめ
発達特性のある子どもが穏やかに育つかどうかは、特性の重さだけで決まりません。
子ども時代に「なんでできないの」ではなく、受容的に関わってもらえたかどうかが、自己肯定感の土台に大きく影響します。
療育は、障害を治す場所ではなく、その土台を作る場所です。
気づいたら、早めに動く。
「違い」を認めることは、子どもの可能性を狭めることではなく、広げることです。
子どもの自己肯定感の土台については、こちらの記事も合わせて読んでみてください。

