自己否定の沼から抜け出す

強さは、「見せたくない自分」をちゃんと飼いならすこと。

「いい人ごっこ」に疲れた人へ。

「性格悪いって思われたくない」
「つまらないって思われたくない」
「下品って思われたくない」

その「思われたくない」を守るために、今日も人は、命を削ってる。

でもさ、ちょっと考えてみて。

「本当の自分を隠してまで仲良くしてくれる人」って、ほんとに「味方」かな?

 

黒歴史も、ダメな性格も、もう「素材」です。

人間、全員なにかしら黒歴史の倉庫を持ってる。

なのにみんな、「この棚だけは見せられません!」って必死にガードするよね。
結果、守るのに疲れて崩壊する。

でもね、あの棚、開けたほうが早いよ。
ホコリかぶってるだけで、中身は意外と使えるパーツなんです。

たとえば、

  • 「あの頃、承認欲求モンスターだった」→観察眼がある
  • 「すぐ嫉妬する」→人間関係の温度差に敏感
  • 「エロい」→生きるエネルギーがちゃんと生きてる
  • 「面白くない」→無理に盛らない誠実さ

欠点って、隠してる間は敵だけど、出した瞬間に味方になる
恥は、タグの貼り直しで「ネタ」にも「武器」にも変わる。

 

弱さを隠す人ほど、「平気なふり」の脚本が増える。

弱さを隠す人ほど、「平気なふり」の脚本が増える。

「清く正しく」を演じ続けるとね、日常がだんだん「お芝居」みたいになっていくんです。

誰かを演じてしまう。
なにかを、演じてしまう。

理想の自分、誰かの理想を、演じちゃう。

本音:「あの人ちょっと苦手」
表面:「あっ、全然大丈夫です〜☺️」

本音:「私も本当は認められたい」
表面:「あの人って必死だよね〜」

・・・疲れるって。

もう「自分を監督しながら主演してる状態」。
ずっと本番で、ずっと気を張ってる。

でもね、「私、こういうとこあるんよね」ってポロッと笑えた瞬間、舞台監督が休憩に入るんです。

照明が少し落ちて、観客もいなくなって、ようやく自分の声が聞こえてくる。

そこから、人生がゆっくり「素」で流れはじめる。
その小さな「素」が、いちばん強い。

 

見せる勇気がある人は、利用されない。

弱みを隠す人ほど、「そこ」を突かれやすい。
だって他人から見て、「ここ触ると反応する」って丸わかりだから。

逆に、「腹黒いとこもありますけど何か?」って人には、誰もマウント取れない。

なぜなら、もう自分で「暴露済み」だから。

つまり、「見せる」って、自己防衛なんです。
本当の強さは、先に自分でネタにできること。

先に言っとく。
私は、とっても性格が悪いです!!(ドヤァ)

 

「黒い自分」「ダメな自分」を見せる=人間として信頼される。

完璧な人には、なぜか人が近づけない。
だって、完璧って「スキがない」から。

人は「入り込む余地」がある相手にしか、心を開けないんです。

だからこそ、人は「欠けてる人」に安心する。
どこか不器用で、ちょっとズルくて、時々ムラがある。
そんな部分に、「あ、自分もこういうとこあるな」って共感できる。
それが「信頼」のはじまり。

あなたが自分の黒い部分を正直に見せたとき、「この人、ちゃんと現実に生きてるんだな」って伝わる。
それだけで、誰かの防御がゆるむんです。

誠実って、清らかさじゃなくて「隠さない勇気」。

光だけでなく、影まで差し出せる人を、人はほんとうに信じられる

 

まとめ:強さとは、腹黒さも笑える余裕。

強さとは、腹黒さも笑える余裕。

あなたの中に、光と闇、両方あるのが普通。
どっちかを消そうとすると、どっちも苦しくなる。

だったらもう、ぜんぶ出そう。

「私の中に黒いとこあるけど、それも一部です」って、正直に笑える人が、いちばん強い。

🌱今日の問い

私が「見せたくない」って思ってる部分は、何を守ってるんだろう?

書くだけで、自分との関係が少し優しくなるよ

それが「本当の強さ」のはじまりです。

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